企業型DCの導入を検討している企業の方とお話ししていると、制度の入口では、よくこんな言葉を耳にします。
「税制メリットがあるなら、企業型DCは入れた方がいいよね」
もちろん、その視点は大切です。
企業型DCには、拠出時、運用時、受取時それぞれに税制上のメリットがあります。だから導入時にメリットへ目が向くのは自然なことだと思います。
ただ、退職金制度は“入口”だけで評価できるものではありません。
むしろ、本当の意味で制度の印象が決まるのは、受け取るときです。
令和7年度税制改正では、いわゆる「10年ルール」として語られることの多い見直しが決まりました。法令上は、老齢一時金を先に受け、その後に退職手当等を受ける場合の退職所得控除の重複調整について、対象期間を「前年以前9年内」とする改正です。さらに、この見直しは、令和8年1月1日以後に支払を受けた老齢一時金がある場合で、同日以後に支払を受けるべき退職手当等から適用されます。
条文だけを見ると、難しく感じるかもしれません。
けれど、企業にとって大事なのは、細かな年数を暗記することではありません。
退職金制度は、導入時に“得かどうか”だけで語ると、受取時に思わぬ不満や誤解を生みやすい。今回の見直しは、そのことをあらためて教えてくれているように思います。
なぜ今、受取時の設計が重要なのか
退職金制度の議論では、どうしても導入時の話が先に立ちます。
企業型DCを入れるか。
退職一時金を残すか。
確定給付企業年金(DB)をどう位置づけるか。
会社負担はいくらにするか。
どれも重要です。
ただ、社員が制度を本当に評価するのは、制度を入れたときではなく、受け取るときです。
受取時には、制度の仕組みそのものより、もっと生活に近い問いが前に出ます。
「思っていたより手取りが少ない」
「受け取り方で、こんなに違うのか」
「制度説明のときに、そこまで聞いていなかった」
こうした印象は、制度そのものへの不満というより、
「会社はそこまで考えて制度を作っていたのか」
という不信感につながることがあります。
導入時には前向きに受け止められていた制度が、出口で初めて厳しく見られる。
退職金制度では、これは決して珍しいことではありません。
特に、退職一時金やDB、企業型DCが併存している会社では、制度が複数あることで、社員にはわかりにくさも生まれやすくなります。会社としては充実させたつもりでも、受け取る側から見れば、「何がどの役割なのか」「どう受け取るとどう変わるのか」が見えにくくなります。
「DCは得」という説明だけでは危うい理由
企業型DCを紹介するとき、どうしても使いやすいのが「税制メリット」という言葉です。
確かに、わかりやすい説明です。
けれど、わかりやすい説明ほど、後で誤解を生みやすいことがあります。
例えば、「DCは節税になる」とだけ伝えると、社員は制度全体を“得な仕組み”として受け止めやすくなります。すると、受取時の条件や他制度との組み合わせによって印象が変わったときに、「聞いていた話と違う」という感覚が生まれやすくなります。
ここで注意したいのは、制度が悪いという話ではないことです。
問題は、制度を部分だけで説明してしまうことです。
退職一時金、DB、企業型DC。
これらを別々の制度として見ていると、設計する側も、受け取る側も、判断を誤りやすくなります。入口ではそれぞれにメリットがあります。けれど出口では、受取順や時期、重複する期間の扱いなどによって、全体の見え方が変わります。
企業型DCの老齢一時金は、税務上、退職所得として扱われます。だからこそ、退職一時金や他の退職給付との関係を見ないまま、「企業型DCは有利です」とだけ伝えると、制度の印象が入口と出口でずれてしまうことがあります。
つまり、「DCは得」という説明だけでは、制度理解としては半分です。
受取時まで含めて初めて、制度の輪郭が見えてきます。
企業が見直すべきは“制度の足し算”ではなく“全体設計”
ここで企業が陥りやすいのが、制度を足し算で考えてしまうことです。
退職一時金もある。
DBもある。
企業型DCもある。
だから制度は充実している。
一見、その通りです。
ただ、制度が複数あることと、制度が整っていることは同じではありません。
本当に大切なのは、それぞれの制度が何を担い、どうつながっているかです。
退職金制度全体として、会社は何を保障したいのか。
どこまでを安定給付として考え、どこからを資産形成の要素として持たせるのか。
受取時に、社員がどう理解し、どう受け止めるのか。
この視点がないまま制度を積み上げると、入口では立派でも、肝心な出口ではわかりにくい制度になりがちです。
特に、企業型DCを「税制面で有利だから追加する」とだけ考えると、後になって退職一時金やDBとの関係が曖昧になります。結果として、制度変更の度に説明が複雑になり、人事担当者自身も説明しづらくなる。ここは実務上、とても起こりやすいところです。
社員から見ても同じです。
会社は制度を増やしてくれた。
でも、自分にとって何が増え、何が変わり、どこに注意すべきかはよくわからない。
この状態では、制度は“厚く”なっても、“納得感”は厚くなりません。
会社としては、社員のためを思って制度を厚くしているつもりでも、社員にその意味が届かず、受取時に納得感が残らないのであれば、本当に“社員のための制度”になっているかは立ち止まって考える必要があります。
良かれと思って整えた制度が、伝わらず、使われず、最後に不満だけが残るのであれば、それは会社側の満足で終わってしまう恐れもあるからです。
だから企業が見直すべきなのは、制度の数ではありません。
退職金制度を一体でどう設計するかです。
導入前に確認したい3つのこと
ここで、導入や見直しの前に確認しておきたいことを3つ挙げたいと思います。
一つ目は、会社として退職金をどう位置づけるかです。
退職金を、長年勤続への報いとして考えるのか。
老後資産形成の支援として考えるのか。
採用・定着も含めた人材戦略の一部として考えるのか。
この整理がないと、制度ごとの役割分担が曖昧になります。
二つ目は、社員属性によって影響がどう違うかです。
同じ制度でも、若手、中堅、定年前の社員では受け止め方が全く異なります。
既存の退職一時金が厚い会社と、そうでない会社でも違います。
制度は同じでも、実際に感じる価値や不安は一様ではありません。
三つ目は、制度変更時にどこまで説明責任を果たすかです。
税制や受取時の扱いまで細かく全員に説明する必要はないかもしれません。
ただ少なくとも、「入口のメリット」だけで語らないことは大切です。
LV総研ができる支援
こうした論点は、制度単体で見ると整理しにくくなります。
だからこそ、退職一時金、DB、企業型DCを切り分けて考えるのではなく、まずは退職金制度全体を見渡すことが大切です。
LV総研では、制度の導入可否だけではなく、
いまある退職金制度をどう整理するか、
それぞれの制度にどんな役割を持たせるか、
社員へどう伝えれば誤解なく届くか、
そうした全体設計の視点から支援しています。
制度は、作ることより、どう機能させるかの方が難しい。
退職金制度も、正にそうした領域だと思います。
おわりに
退職金制度は、導入したときより、受け取るときに本当の評価を受けます。
今回の、いわゆる10年ルールの見直しは、単なる税制のテクニカルな変更ではありません。
企業に対して、退職金制度を“入口だけで語っていないか”と問いかけているように見えます。
もちろん企業型DCは、有力な選択肢です。
けれど、それを「節税になるから」「今の時代に合っているから」だけで語ると、制度の説明はどうしても薄くなります。
退職一時金、DB、企業型DC。
それぞれを別々に見るのではなく、全体としてどう設計し、どう伝えるか。
社員が受取時に後悔しないために、会社がどこまで考えて制度を整えるか。
そこまで考えて初めて、制度は“会社が入れた制度”ではなく、
“社員にとって意味のある制度”になっていくのだと思います。

