「退職金制度を整えたいけど、企業型DCはちょっとハードルが高い」
「従業員が数名しかいないのに、制度を入れるコストが見合うのか不安」
企業型DCの導入支援をしていると、こうした声に出会うことがあります。特に小規模な会社の経営者の方からは、制度の導入自体に高いハードルを感じているという相談をいただくことが少なくありません。
ただ、ここで知っておいていただきたい制度があります。
「iDeCo+(イデコプラス)」です。
正式名称は「中小事業主掛金納付制度」。2018年に創設された制度で、従業員のiDeCo(個人型確定拠出年金)の掛金に、会社が上乗せして掛金を拠出できるという仕組みです。
企業型DCほどの規模感はなくても、「社員の将来のために会社として何かしたい」という思いに応えられる制度です。まだあまり知られていませんが、導入企業は年々増えています。
今回は、iDeCo+の仕組みをわかりやすく整理した上で、特に小規模な会社の経営者・人事担当者に向けて、この制度の可能性をお伝えします。
iDeCo+の仕組みをシンプルに整理する
iDeCo+は、ひと言で言えば「社員のiDeCoに、会社がお金を上乗せできる制度」です。
通常、iDeCoは個人が自分で加入し、自分で掛金を払い、自分で運用する制度です。会社は関与しません。
iDeCo+を導入すると、この掛金に会社が上乗せして拠出できるようになります。社員が毎月1,000円を拠出し、会社が毎月5,000円を上乗せする、といった使い方ができます。
iDeCo+を導入するための主な要件は、次の通りです。
・企業年金(企業型DC、確定給付企業年金、厚生年金基金)を実施していないこと。
・厚生年金被保険者である従業員が300人以下であること。
・従業員がiDeCoに加入し、掛金を拠出していること。
・掛金の納付方法を「事業主払込」(給与天引き)にすること。
・労使合意を得ること。
加入者掛金と事業主掛金の合計額は、現在、月額5,000円〜23,000円(千円単位)の範囲で設定します。この上限は、2026年12月に大きく引き上げられる予定です(詳しくは後述します)。
企業型DCとの違い(何が“楽”なのか)
iDeCo+が小規模な会社にとって導入しやすい理由は、大きく3つあります。
1.事業主が支払う手数料がゼロ
企業型DCでは、運営管理機関との契約や信託銀行への資産管理手数料など、会社側に一定のランニングコストが発生します。iDeCo+では、制度利用にあたって事業主が支払う手数料はありません。掛金の拠出以外に、会社としてのコスト負担がないのは、大きな違いです。
2.運営管理機関との契約が不要
企業型DCは、会社が運営管理機関と契約し、規約を作成して厚生局に届け出るなど、制度の設計・立ち上げに一定の事務負担がかかります。iDeCo+は、あくまで社員個人のiDeCoに会社が掛金を上乗せする仕組みなので、会社が運営管理機関と個別に契約する必要はありません。
社員はそれぞれ自分で選んだ運営管理機関でiDeCoに加入し、会社はその掛金に上乗せするだけです。
3.導入までの期間が短い
企業型DCの導入には、制度設計から規約作成、厚生局への申請など、半年以上かかるケースもあります。iDeCo+の場合、労使合意を得た上で国民年金基金連合会への届出を行えば、3〜4か月程度で制度を開始できます。
さらに、2026年4月からはiDeCo+の届出手続きが簡素化されました。事業主の負担を減らす方向で書類の要件が見直されています。加えて、国民年金基金連合会は2026年度中に申請・届出のオンライン化に着手する予定です。紙の書類を郵送するだけでも導入できる制度が、今後さらに手軽になっていきます。
厚生労働省も、2026年4月に開催した「確定拠出年金制度の運用改善等に関する有識者懇談会」の中で、企業型DCとiDeCo+をセットで中小企業への普及推進策として位置づけています。国として、中小企業が企業年金を導入しやすくなる環境整備を進めている最中です。
事業主にとっての税制メリット
iDeCo+の事業主掛金は、全額が損金に算入されます。
ここで注目したいのは、事業主掛金は社員の給与とはみなされないという点です。つまり、社会保険料の算定基礎には含まれません。
たとえば、賃上げとして月給を5,000円引き上げれば、会社側の社会保険料負担も増えます。
一方、同じ5,000円をiDeCo+の事業主掛金として拠出すれば、会社の負担は掛金そのものだけで済み、社会保険料の増加を避けることができます。
賃上げと老後資産形成支援を両立させたいけれど、社会保険料の負担増が気になる。こうした悩みを持つ小規模企業の経営者にとって、iDeCo+は合理的な選択肢になり得ます。
なお、経営者・役員自身も厚生年金被保険者であれば、iDeCo+の対象になります。小規模な会社では、経営者自身も含めて制度を活用できるのは大きなポイントです。
導入企業は着実に増えている
iDeCo+はまだ広く知られている制度とは言えませんが、導入実績は着実に伸びています。
国民年金基金連合会の公表データによれば、2025年8月末時点でiDeCo+を実施している事業所数は9,350事業所、対象者数は59,782人です。前年同月と比べると事業所数は約15%増加しています。
2018年の制度創設当初は従業員100人以下の企業が対象でしたが、2020年10月に300人以下に拡大され、利用しやすくなりました。
9,350事業所という数字は、企業型DCの実施事業所数(2025年3月末時点で約58,000事業所)と比べるとまだ小さいですが、iDeCo+の認知度がまだ低い中でこのペースで増えていることは、制度の使い勝手の良さを示しているのではないかと思います。
「“賃上げ”の代わりに使う」という発想
iDeCo+の活用例として最近注目されているのが、「賃上げの一部をiDeCo+で実現する」という考え方です。
たとえば、月給を5,000円引き上げる代わりに、iDeCo+の事業主掛金として5,000円を拠出するケースを考えます。
社員の手取りだけを見れば、月給アップのほうが目先の金額は増えます。けれど、月給を上げれば会社の社会保険料負担も増え、社員側の社会保険料と所得税・住民税も増えます。一方、iDeCo+の事業主掛金は社員の給与とはみなされないため、社会保険料に影響しません。さらに、将来受け取るときには退職所得控除の対象となり、税制上も優遇されます。
もちろん、月給の引き上げとiDeCo+は二択ではなく、両方を組み合わせることもできます。
「月給を3,000円上げて、iDeCo+で2,000円拠出する」というように、目先の手取りと将来の安心をバランスよく設計する方法もあります。
こうした柔軟な使い方ができるのも、iDeCo+の大きな魅力です。
iDeCo+が合う会社、合わない会社
もちろん、iDeCo+がすべての会社にとってベストな選択とは限りません。
iDeCo+が合いやすいのは、次のような会社です。
・従業員数が少なく、企業型DCの導入は負担が大きいと感じている。
・退職金制度はないが、社員の老後の資産形成を会社として何か支援したい。
・賃上げを検討しているが、社会保険料の負担増を抑えたい。
・福利厚生を充実させて、採用や定着に活かしたい。
一方、次のような場合は、企業型DCの方が適しているケースもあります。
・全社員を一律に加入させたい(iDeCo+は社員がiDeCoに加入していることが前提)。
・掛金額を会社主導で柔軟に設計したい。
・退職金制度として明確に位置づけたい。
iDeCo+は「社員のiDeCoに会社が上乗せする」仕組みなので、前提として社員自身がiDeCoに加入する必要があります。社員がiDeCoに関心を持っていない場合、まず社員への情報提供や投資教育から始める必要がある点は、導入前に整理しておきたいポイントです。
2026年12月、掛金上限が月額62,000円に
~iDeCo+の可能性が大きく広がる~
iDeCo+を検討する上で、今最もお伝えしたい情報があります。
2026年12月の法改正により、iDeCo(iDeCo+含む)の掛金上限が、現行の月額23,000円から月額62,000円に引き上げられます。約2.7倍の拡大です。
これは、iDeCo+の位置づけを根本から変え得る改正です。
現行の月額23,000円という上限では、事業主掛金として拠出できる額にどうしても限りがあります。たとえば社員が月額5,000円を拠出している場合、会社が上乗せできるのは最大18,000円。年間にしても21.6万円です。制度として意味はあるものの、「退職金制度の代わり」と呼ぶにはやや物足りない、というのが正直な印象です。
改正後は、上限が月額62,000円に拡大します。たとえば社員が月額5,000円を拠出し、会社が月額50,000円を上乗せするといった設計も、制度上は可能になります。年間で60万円の事業主拠出。これは、中小企業の退職金準備として十分に機能する水準です。
もちろん、最初から大きな金額を拠出する必要はありません。まずは月額数千円の事業主掛金で始めて、会社の状況に応じて少しずつ引き上げていく。そうした段階的な運用ができるのも、iDeCo+の柔軟さです。
厚生労働省も、2026年4月に開催した「確定拠出年金制度の運用改善等に関する有識者懇談会」の中で、iDeCo+を企業型DCと並ぶ中小企業向けの普及推進策として位置づけています。届出手続きの簡素化(2026年4月施行)や、申請・届出のオンライン化(2026年度中に着手予定)も進められており、制度の使い勝手は今後さらに良くなっていく方向です。
iDeCo+は、「小さく始められる制度」から「長く育てていける制度」へと進化しつつあります。
注意しておきたい点
導入を検討する際に、合わせて押さえておきたい注意点もあります。
iDeCoの掛金は原則60歳まで引き出すことができません。これは社員にとっての流動性の制約です。退職金のように退職時にまとまったお金を受け取る仕組みとは異なる点を、社員に事前に説明しておくことが大切です。
また、iDeCoには加入時や運用期間中に手数料がかかります。この手数料は社員側の負担となるため、事業主掛金を上乗せしても、手数料分を差し引いた実質的なメリットを社員に伝えておく必要があります。
さらに、iDeCo+を導入した場合、掛金の給与天引きや届出の事務は会社が行います。企業型DCほどの事務負担はありませんが、退職者が出た際の掛金引落停止手続き等、一定の事務対応は発生します。
おわりに
企業型DCの導入は「うちにはまだ早い」と感じている会社でも、iDeCo+であれば手が届く。
そんなケースが、実は少なくありません。
制度利用にあたって事業主が支払う手数料はゼロ。事業主掛金は全額損金。社会保険料にも影響しない。導入までの期間も短い。そして、2026年12月からは掛金上限が月額62,000円に拡大し、制度としてのスケールが大きく変わります。
今導入すれば、小さく始めて、改正後に育てていくことができる。このタイミングでiDeCo+を検討することには、大きな意味があると考えています。
小さな掛金でも、「会社が自分の将来のために拠出してくれている」という事実は、社員にとって想像以上に大きな意味を持ちます。
「うちのような小さな会社でも、社員の将来に投資できる仕組みがあるんだ」
そう思っていただけたなら、この記事の役割は果たせたのではないかと思います。
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