企業型DCのマッチング拠出はなぜ使われない?〜利用率35.2%から考える制度設計と金融教育〜

20260731 LV

「企業型DCを導入すれば、社員は老後資金を準備するようになるのでしょうか」

「マッチング拠出を導入したのに、なぜ利用が広がらないのでしょうか」

企業型DCを検討する経営者や、すでに制度を導入している人事担当者にとって、これは重要な問いです。

2026年4月、企業型DCのマッチング拠出について、加入者掛金が事業主掛金を超えてはならないという制限が撤廃されました。さらに2026年12月には、企業型DCやiDeCoなどの拠出限度額が引き上げられる予定です。

制度上は、これまでより老後資金を積み立てやすくなります。

しかし、制度の枠が広がれば、社員が自然に利用するわけではありません。

企業年金連合会の2024年度調査では、マッチング拠出を導入している企業は52.4%でした。

一方、導入企業における加入者の平均利用率は35.2%です。利用率が20%未満の企業も30.3%ありました。

つまり、制度を用意しても、実際に利用する社員は3人に1人。

企業型DCを社員の資産形成につなげるには、会社に合った制度設計、社員に伝わる説明、そして情報が実際に届く金融教育が必要です。


制度を導入するだけでは利用されない

マッチング拠出とは、会社が拠出する企業型DCの事業主掛金に、社員本人が掛金を上乗せする仕組みです。

社員が拠出した掛金は所得控除の対象となるため、税負担を抑えながら老後資金を積み立てられます。会社側から見ると、税制上のメリットがあり、社員に利用されやすい仕組みに見えるかもしれません。

しかし、企業年金連合会の調査では、導入企業の6割以上で利用率が40%未満です。

ここから分かるのは、「制度があること」と「社員が使えること」は別だということです。

社員にとっては、税制上の有利さだけでなく、毎月の手取り、住宅費や生活費、教育費、原則として60歳まで引き出せないこと、運用商品の選び方なども判断材料になります。

会社が制度のメリットだけを説明しても、社員が自分の生活に置き換えて理解できなければ、利用にはつながりません。


2026年の改正でマッチング拠出は使いやすくなった

これまでのマッチング拠出では、社員が拠出する加入者掛金は、会社の事業主掛金を超えられませんでした。

例えば、会社の掛金が月額5,000円であれば、社員が上乗せできる金額も原則5,000円まででした。

若い社員や勤続年数の短い社員は、事業主掛金が低いこともあります。そのため、本人に積み立てる意思があっても、十分に拠出できない場合がありました。

この制限は2026年4月1日に撤廃されました。

厚生労働省は、事業主掛金の額に左右されず、加入者がそれぞれの状況に応じて拠出限度額の枠を活用し、老後の資産所得を確保できるようにすることを改正の目的としています。

また、2026年12月には、企業年金等とiDeCoを合わせた会社員の拠出限度額が、月額62,000円へ引き上げられる予定です。

ただし、誰もが企業型DCやiDeCoへ自由に月額62,000円を拠出できるわけではありません。企業型DCの事業主掛金や、DBなどの他制度掛金相当額を含めた共通枠です。

制度の上限が広がることは重要です。

しかし、使える枠が増えることと、実際に使われることは同じではありません。


掛金上限が増えても社員の疑問は解消しない

社員がマッチング拠出を利用しない背景には、制度上の制限以外の問題があります。

「毎月の手取りを減らしたくない」

「原則60歳まで引き出せないのが不安」

「いくら積み立てればよいのかわからない」

「マッチング拠出とiDeCoの違いがわからない」

「運用商品をどう選べばよいのかわからない」

「いつでも引き出せるNISAの方が使いやすい」

こうした疑問は、掛金上限が増えただけでは解消されません。

例えば、20代の社員に「老後資金を準備しましょう」と伝えても、数十年後の生活を具体的に想像するのは難しいでしょう。

一方で、月額3,000円や5,000円を拠出した場合に、手取りがどの程度変わるのか、長期的な積み立てがどのような意味を持つのかを具体的に示せば、自分の問題として考えやすくなります。

制度用語を説明するだけでは足りません。

社員の年齢、生活、家計に合わせて、制度の意味を翻訳する必要があります。


継続投資教育は「実施したか」ではなく「届いたか」

企業型DCでは、加入者が自ら運用商品を選び、その結果が将来の給付額に影響します。

そのため、事業主には加入時だけでなく、加入後も継続的に投資教育を行うことが求められています。

2024年度には、継続投資教育を実施済みと回答した企業は82.1%でした。数字だけを見ると、多くの企業で教育が行われているように見えます。

しかし、私たちが日々企業を支援する中では、別の現実も見えてきます。

「継続投資教育の案内が社員に十分伝わっていなかった」

「説明会の時間に残業があり、参加できない社員がいた」

「任意参加にしたため、もともと関心のある社員しか集まらなかった」

会社側は案内を出し、説明会を開催しているため、「教育は実施した」と考えます。

一方、社員側では、業務と時間が重なっている、参加の重要性がわからない、任意参加なので自分には関係がないと思った、ということがあります。

ここに、「実施したこと」と「届いたこと」の違いがあります。


任意参加では、教育が必要な社員ほど参加しない

任意参加の説明会には限界があります。

企業型DCや資産形成に関心のある社員は、自ら申し込んで参加します。しかし、制度を理解していない社員や、資産形成をまだ自分事として考えていない社員ほど参加しません。

本来、情報を届ける必要がある社員ほど、教育の機会から外れてしまう可能性があります。

その結果、会社が継続投資教育を行っていても、

「マッチング拠出を利用できることを知らない」

「掛金の変更方法がわからない」

「iDeCoとの違いがわからない」

「運用商品を選べず、デフォルト設定(元本保証型)のままになっている」

といった状態が残ります。

必要なのは、説明会を開催したという事実ではありません。社員が情報に接し、内容を理解し、自分で判断できる状態をつくることです。

勤務時間内の短時間研修、複数日程、録画配信、少人数の説明会、新入社員や中途入社者への定例説明など、会社の勤務実態に合った方法を組み合わせる必要があります。

また、「任意参加です」と案内するだけでなく、なぜ会社が教育を行うのか、参加すると何を判断できるようになるのかまで伝えることも重要です。


会社に合った制度でなければ、説明しても利用されない

利用される制度をつくるには、伝え方だけでなく、制度設計そのものを考える必要があります。

企業型DCには、会社が退職金原資として掛金を拠出する方法、給与制度と組み合わせる方法、既存の退職一時金や確定給付企業年金(DB)と併用する方法などがあります。

どの形が適切かは、会社によって異なります。

既存の退職金制度はあるのか。

社員の年齢や給与水準はどうなっているのか。

採用や定着でどのような課題を抱えているのか。

会社はいくらまで継続的に負担できるのか。

導入後に誰が説明や事務を担うのか。

こうした点を整理せず、税制優遇や掛金上限だけで制度を決めると、会社にも社員にも合わない仕組みになる可能性があります。

社員が企業型DCを給与や退職金の一部として理解できる制度になっているか。

マッチング拠出を利用する意味が、自社の社員にとってわかりやすいか。

そこまで考えて初めて、制度は使われるようになります。


制度と現場をつなぐコンサルタントの役割

企業型DCの導入では、制度の正確な説明だけでなく、会社の経営課題と社員の実情をつなぐ視点が必要です。

経営者には、費用、継続可能性、人材戦略との関係を伝える。

社員には、手取り、掛金、税制、将来資産との関係を伝える。

さらに、残業や勤務形態、社員の関心度を踏まえ、教育が届く運営方法を考える。

この役割は、制度資料を渡すだけでは果たせません。

企業型DCが本当に自社に合うのか。

既存の退職金制度とどう組み合わせるのか。

導入後にどのように説明し、利用状況を改善していくのか。

こうした問いを、経営者や人事担当者と一緒に整理することが、コンサルタントの重要な役割です。


企業型DCは「導入する制度」から「使われる制度」へ

2026年の改正によって、企業型DCやiDeCoを活用できる範囲は広がります。

しかし、掛金上限が月額62,000円になっても、それだけで社員の行動が変わるわけではありません。

会社に合った制度を選ぶこと。

社員の生活に結びつく言葉で説明すること。

勤務実態に合わせて、教育を届ける仕組みをつくること。

導入後の利用状況を確認し、改善を続けること。

ここまで行って初めて、企業型DCは社員の資産形成を支える制度として機能します。

企業年金を持たない会社や、現在の退職金制度に課題を感じている会社にとって、企業型DCは有力な選択肢です。

重要なのは、制度ありきで導入を決めることではありません。自社にとってどのような制度が必要かを整理し、社員に伝わり、実際に活用される仕組みをつくることです。

ライフビジョナ総合研究所では、企業型DCを導入すること自体ではなく、会社に合った制度を設計し、社員に伝わる運営まで整えることを大切にしています。