2026年3月末、企業型確定拠出年金(企業型DC)の加入者数は893万人となり、確定給付企業年金(DB)の885万人を上回りました。
これは単なる数字の逆転ではありません。企業年金の役割が、会社による給付の準備に加え、社員の資産形成、金融経済教育、多様なキャリアを支援するものへ広がっている節目といえます。
企業年金の潮目が変わった
「今の退職金制度を、このまま続けてよいのでしょうか」
「企業型DCを導入する会社が増えていますが、うちのような中小企業にも関係がありますか」
中小企業の経営者や人事担当者から、こうしたご相談を受けることがあります。
2026年3月末時点の速報値では、企業型DCの加入者数は893万人でした。前年から31万人、3.6%増加しています。
一方、DBの加入者数は885万人です。加入者数で見ると、企業型DCがDBを上回りました。
資産額では、企業型DCが27兆8,288億円、DBが71兆7,484億円です。DBが企業年金の大きな基盤であることに変わりはありません。この数字だけで「DBの時代が終わった」「すべての会社が企業型DCへ移行すべきだ」と判断するのは適切ではありません。
それでも、加入者数の逆転は一つの節目です。
DBは、給付の算定方法をあらかじめ定め、事業主等が将来の給付を支える制度です。企業型DCは、会社が掛金を拠出し、社員が運用商品を選び、その運用結果に基づく資産を将来受け取る制度です。
本ブログの目的は、両制度を細かく比較することではありません。
注目したいのは、企業年金の役割が「会社が将来の給付を用意すること」だけでなく、「社員が自分の将来資金を考え、会社がその行動を支援すること」へ広がっている点です。
企業年金を取り巻く潮目は、静かに変わり始めています。
「あるか」より「社員に届くか」
以前は、「退職金制度があります」という事実だけでも、会社の安心感を伝えやすい時代がありました。
長く働けば、退職時にまとまった資金を受け取れる。会社が社員の老後まで考えている。だから、この会社で働き続ける意味がある。
制度の存在自体が、このようなメッセージを持っていました。
しかし現在は、退職金制度があるだけで、その価値が社員に伝わるとは限りません。
会社は費用を負担している。経営者は社員の将来を考えている。それでも社員は、自分がどの制度に入り、将来どのような給付を受けるのかを知らない。
この状態では、会社が負担するコストと、社員が感じる福利厚生の価値に差が生まれます。
退職金制度は、単にお金を準備する仕組みではありません。「会社として、社員の将来をどのように支えるのか」を伝える仕組みでもあります。
これから問われるのは、制度があるかどうかだけではありません。制度の目的が社員に伝わっているか、自分に関係する制度として理解されているか、採用時や入社後に価値を説明できているかが重要です。
制度を用意することから、社員に理解し、活用してもらうことへ。会社の役割も変わりつつあります。
時代にフィットした企業型DCのポータビリティ
企業型DCの特徴の一つが、年金資産の持ち運び、いわゆるポータビリティです。
社員が転職や退職によって企業型DCの加入資格を失った場合、それまで積み立てた資産は、移換先の制度や条件に応じて、iDeCoや転職先の企業型DCなどへ移換できます。
勤務先が変わっても、必要な手続きを行うことで、自分の資産形成を将来へつなげられる仕組みです。
一つの会社で定年まで勤めることだけを前提にしない若い世代にとって、この持ち運びやすさは価値を理解しやすいポイントです。若手社員や中途採用者にも、「自分のキャリアが変わっても将来へつなげられる資産」として説明しやすくなります。
これは、転職を後押しするという意味ではありません。どのようなキャリアを選んでも、会社で働いた期間の資産形成を将来へつなげられるよう支援するということです。
ただし、移換には手続きが必要です。企業型DCの資格を失った後、6か月以内に移換等の手続きをしなければ、資産は国民年金基金連合会へ自動移換されます。
自動移換中は資産が運用されず、管理手数料が発生します。場合によっては受給可能年齢が遅くなることもあるため、「持ち運べる」というメリットだけでなく、退職時に必要な手続きまで伝えることが重要です。
企業型DCの導入は、従業員の金融経済教育につながる
企業型DCの大きな価値は、会社が掛金を拠出することだけではありません。
制度の導入を通じて、社員がお金について学ぶ機会を職場に用意できることにも、大きな意味があります。
企業型DCでは、社員自身が運用商品を選びます。そのため、事業主には、加入者が適切に資産運用を行えるよう、必要な情報や知識を提供するための措置を講じる努力義務があります。加入時だけでなく、加入後も継続的に投資教育を提供することが重要です。
法令上は「投資教育」という言葉が使われますが、その機会を金融商品の説明だけで終わらせる必要はありません。
公的年金や退職金の仕組み、長期・積立・分散の考え方、NISAやiDeCoとの違い、年代や家族構成に応じた将来資金、転職・退職時の資産移換まで扱えば、投資教育は社員の生活に役立つ金融経済教育へ広がります。
普段の業務だけでは、お金について体系的に学ぶ機会を得にくい社員もいます。会社が学ぶ場を設けることで、社員は運用商品の選び方だけでなく、自分の人生とお金を結びつけて考えるきっかけを持てます。
企業型DCは退職金制度であると同時に、社員の金融リテラシーを支える福利厚生にもなり得るのです。
継続投資教育まで設計してこそ価値が生まれる
ある中小企業では、企業型DCの導入時に説明会を開き、社員も自分で運用商品を選びました。
会社としては、必要な対応を終えたつもりでした。
ところが数年後、社員から次のような声が出ました。
「最初に選んだ商品を覚えていません」
「値下がりが怖いので、そのままにしています」
「会社がなぜこの制度を導入したのか、よくわかりません」
会社は毎月掛金を拠出しているのに、社員には「よくわからない投資制度」としてしか伝わっていなかったのです。
問題は、企業型DCそのものではありません。導入することが目的になり、社員が理解し、活用するための支援が続かなかったことです。
金融経済教育は、一度で終わるものではありません。
若手社員には、家計管理や長期的な資産形成の基本を伝える。子育て世代には、教育費、住宅費、老後資金を整理する機会を提供する。50代以降の社員には、受け取り方や退職後の生活設計を考えてもらう。
年代や状況によって必要な情報は異なります。継続的な教育まで含めて制度を設計することで、企業型DCは初めて、社員に届く福利厚生になります。
中小企業が退職金制度を見直すとき、何を確認すべきですか?
企業型DCの加入者数が増えているからといって、すべての中小企業が同じ制度を導入する必要はありません。
DBが合う会社もあります。中小企業退職金共済が合う会社もあります。既存の退職一時金制度を残しながら、企業型DCを組み合わせる方法が適する会社もあります。
重要なのは、制度名ではなく、自社が何を実現したいのかです。
将来の退職金負担を把握しやすくしたいのか。社員の資産形成を支援したいのか。若手や中途採用者にも伝わる福利厚生をつくりたいのか。既存制度を無理なく続けられる形へ見直したいのか。金融経済教育を提供したいのか。
目的が違えば、適した制度設計も変わります。
見直しの際には、現在の退職金制度が社員に理解されているか、将来負担を会社として把握できているか、社員の年齢構成や採用状況に合っているか、継続できる掛金水準はいくらか、導入後の教育や退職時の案内を誰が担うかを整理する必要があります。
企業型DCの中でも、掛金の水準、対象者、選択制、マッチング拠出、既存制度との組み合わせによって、会社と社員への影響は変わります。
なお、マッチング拠出では、2026年4月1日から、加入者掛金が事業主掛金を超えてはならないという制限が撤廃されました。
自社の現状を確認しないまま制度を選ぶと、会社の意図が社員に正しく伝わらない、人事担当者の運営負担が重くなるなど、導入後にひずみが生じることがあります。
制度導入の成否は、制度の知名度ではなく、自社に合う設計と導入後の運営によって決まります。
自社に合う退職金制度の設計が最優先
企業型DCの加入者数がDBを上回ったという数字は、企業型DCへの一斉移行を求めるものではありません。
この数字から受け取るべきメッセージは、退職金制度を過去の前提のまま放置しないことです。
現在の制度は、社員に価値が伝わっているか。転職や中途採用が珍しくない働き方に対応しているか。会社の負担は、将来も無理なく継続できるか。社員が将来資金について学ぶ機会を提供できているか。
この問いに向き合った結果、企業型DCが適している会社もあれば、別の制度が適している会社もあります。
また、企業型DCを選ぶ場合も、導入がゴールではありません。掛金や対象者をどう設計するか、既存制度とどう組み合わせるか、社員にどう説明するか、継続的な金融経済教育をどう実施するかまで考える必要があります。
ここまで設計して初めて、企業型DCは会社と社員の双方にとって意味のある制度になります。
潮目が変わった今、自社の現状から制度設計を始めよう
企業型DCの加入者数がDBを上回ったことは、会社による将来支援の形が変わり始めていることを示しています。
企業型DCには、会社の掛金負担を設計しやすいという側面に加え、社員に金融経済教育を届けられること、転職後も資産形成を継続しやすいこと、若手や中途採用者にも価値を伝えやすいことがあります。
ただし、それらの価値は、自社に合った制度設計と継続的な運営があってこそ生まれます。
潮目が変わったからこそ、他社と同じ制度を急いで導入するのではなく、自社の社員構成、既存制度、経営課題、将来像を丁寧に確認する必要があります。
自社にとって何が最適かを考えよう
退職金制度や企業年金を見直すとき、最初から企業型DCの導入を前提にする必要はありません。
まずは、現在の制度と会社の課題を整理することです。
今の退職金制度は、社員にどう受け止められているのか。どの世代に、どのような支援を届けたいのか。会社として、どの程度の負担なら継続できるのか。金融経済教育を導入後もどのように続けるのか。
ライフビジョナ総合研究所では、中小企業の経営者・人事担当者の皆さまとともに、現在の退職金制度、社員構成、採用・定着の課題、会社が継続できる負担水準を整理し、企業型DCを含めた制度設計を検討しています。
特定の制度ありきではなく、自社にとって何が最適かを考えるところから始めます。
その結果、企業型DCが適している場合には、掛金設計、既存制度との整理、社員説明、導入後の金融経済教育までを一体として考えることが重要です。
「今の退職金制度を見直したい」
「企業型DCが自社に合うのか知りたい」
「若手社員にも伝わる福利厚生をつくりたい」
「継続的な金融経済教育をどう進めればよいか相談したい」
このようなお悩みがありましたら、自社の状況を整理する機会として、ライフビジョナ総合研究所をご活用ください。

