退職金を前払いにすれば十分ですか?~中小企業が企業型DCも考えたい理由~

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退職金の前払いは、月給を高く見せやすく、採用面では効果が出ることもあります。

しかし、それだけでは社員の老後資金づくりにつながるとは限りません。中小企業こそ、退職金制度の見直しと合わせて、企業型DCの活用を検討する意味があります。


退職金制度は今“曲がり角”に来ている

「退職金を前払いにして、月給を高く見せた方が採用に有利なのではないか」

「今の時代、まとまった退職金よりも、毎月の給与を増やした方が社員は喜ぶのではないか」

経営者や人事担当者の方から、このような考えを聞くことがあります。

確かに、物価上昇が続き、生活費の負担も重くなっています。社員にとって、将来の退職金よりも、いまの手取りを増やしてほしいという気持ちは自然です。採用市場でも、月給の見え方は応募数に影響します。

一方で、退職金制度を単純に前払いへ移行すれば、それで十分なのでしょうか。

ここで参考になるのが、東京商工リサーチ TSRデータインサイトが2026年6月17日に公表した、2026年「退職金」に関するアンケート調査です。

この調査では、2023年以降の退職金制度について、「増額・導入」が7.8%、「減額・廃止」が1.9%でした。もっとも多かったのは「変更していない」で72.5%です。

つまり、多くの企業はまだ制度を大きく変えていない一方で、退職金を増やす・導入する企業も、減らす・廃止する企業も出てきているということです。

さらに注目したいのは、退職金を減額・廃止した企業が、その原資をどこに振り向けているかです。最も多かったのは「既存従業員の月給を引き上げた」で48.9%。次いで、「中途の新規採用者の月給を引き上げた」が23.9%、「福利厚生を拡充した」が20.8%でした。

この結果から見えてくるのは、退職金制度が「老後のための制度」だけではなく、「採用」「定着」「賃上げ」「福利厚生」と深く結びつき始めているということです。

退職金制度を、無くすか、残すか。

一時金か、前払いか。

そうした単純な選択だけではなくなってきています。

会社として、社員の将来にどう向き合うのか。

限られた原資を、どのように使えば社員に届くのか。

そして、その制度を社員にどう伝えるのか。

退職金制度は、今、改めて考え直す時期に来ているのではないでしょうか。


前払いにもメリットがある。しかし、「将来資金」として残るとは限らない

退職金の前払いには、わかりやすいメリットがあります。

まず、単純に月給が高く見えます。

採用情報に掲載する給与額が上がれば、求職者の目に留まりやすくなる可能性があります。既存社員にとっても、毎月の収入が増えることは、実感しやすいメリットです。

また、会社にとっても、将来、退職金を支払う責任を抱え続けずに済みます。将来まとめて支払う退職金ではなく、毎月の給与として支払うことで、費用を見える化しやすくなります。

このように、退職金の前払いは決して悪い選択肢ではありません。

ただし、見落としやすい点があります。

それは、前払いされたお金が、必ずしも社員の「将来資金」として残るとは限らないということです。

毎月の給与に上乗せされれば、そのお金は生活費や住宅費、教育費、趣味、交際費等に使われる可能性が高くなります。もちろん、それ自体が悪いわけではありません。今の生活を支えることも大切です。

しかし、退職金制度の本来の役割は、長く働いた社員の将来を支えることにあります。

前払いにした結果、月給は上がった。

けれど、社員の老後資金は何も残っていない。

この状態になってしまうと、会社は「社員のために原資を使った」はずなのに、将来への支援としては伝わりにくくなります。

さらに、社員から見れば、「退職金制度がなくなった会社」と受け止められることもあります。

月給は少し上がった。

でも、退職金はない。

この印象は、採用や定着において必ずしもプラスに働くとは限りません。


同じ1万円でも社員に残る“価値”が変わる

退職金前払いを考えるときに、もう一つ確認しておきたい点があります。

それは、会社が同じ1万円を使ったとしても、賃上げとして支払う場合と、企業型DCの掛金として積み立てる場合では、社員に残る価値が変わるという点です。

例えば、会社が毎月1万円を賃上げしたとします。

社員から見れば、給与が1万円増えたように見えます。

しかし、年間で見れば、所得税、住民税、社会保険料などの負担が生じます。個人の所得や扶養状況、地域、社会保険料率、標準報酬月額の変動によって異なりますが、実際の手取りは1万円より少なくなります。ケースによっては、7,000円台になることもあります。

一方で、企業型DCの事業主掛金として1万円を拠出する場合、掛金拠出時には課税されず、1万円を将来の資産形成の原資として積み立てることができます。

さらに選択制DCの場合、給与ではなく事業主掛金として拠出する設計であれば、社会保険料の算定対象とならず、社会保険料が下がることもあります。そのため、同じ1万円でも、賃上げとして受け取る場合とは、税金や社会保険料の扱いが変わります。

もちろん、注意点もあります。

選択制DCによって社会保険料が下がる場合、将来の厚生年金や健康保険、雇用保険などの給付額に影響する可能性があります。

また、DCは原則として60歳前には受け取れません。運用結果によっては元本割れの可能性もあります。

ですから、「DCにすれば必ず得」と単純に言い切ることはできません。

それでも、会社が社員の将来資産形成を支援するという観点では、賃上げとは違う意味があります。

毎月1万円(手取りは1万円より少ない)をそのまま生活費に使うのか。

将来のために積み立て、長期運用によって増える可能性を持たせるのか。

この違いは、時間が経てば経つほど大きくなることがあります。

退職金制度を考えるときは、「いくら会社が負担するか」だけでなく、「そのお金が社員にどう残るか」まで見る必要があります。


退職金を前払いしても、社員に価値が伝わらないこともある

中小企業の現場では、社長の思いと社員の受け止め方がずれることがあります。

採用に苦戦している会社があります。

求人を出しても応募が少ない。面接まで進んでも、最後は給与条件で他社に流れてしまう。既存社員からも、「物価が上がっているので、少しでも毎月の手取りを増やしてほしい」という声が出ている。

社長は悩みます。

退職金制度はある。

けれど、若い社員にはあまり響いていない。求人票を見ても、求職者はまず月給を見ている。

だったら、退職金の原資を一部前払いにして、毎月の給与に乗せた方がよいのではないか。

そう考えて、退職金制度を見直しました。

求人票の月給は少し上がりました。社員からも、最初は「給与が増えるのはありがたい」という反応がありました。

ところが、数ヶ月経つと、社内で違う声が出てきます。

「うちの会社は退職金がなくなったんですよね」

「結局、将来のことは自分で何とかしろということですか」

「毎月少し増えても、生活費で消えてしまいます」

「退職金がある会社の方が安心ではないですか」

社長は、社員のために原資を使ったつもりでした。

しかし、社員の受け止め方は違いました。

会社は「社員の“今”の生活を支えたい」と考えていた。

社員は「“将来”の安心がなくなった」と感じていた。

お金を出しているのに、会社の思いが伝わらない。

社員のために制度を見直したのに、「将来の安心」にはつながっていない。

退職金前払いの難しさは、ここにあります。

もちろん、前払いが悪いわけではありません。会社の状況や社員のニーズによっては、有効な選択肢です。

ただ、前払いだけでは、社員の将来資金づくりまで会社が支援しているとは伝わりにくいことがあります。

だからこそ、退職金制度を見直すときには、「月給を上げるかどうか」だけでなく、「社員の将来資産形成をどう支援するか」まで考える必要があります。


企業型DCは退職金制度の新しい受け皿になる

そこで選択肢の一つになるのが、企業型確定拠出年金、いわゆる企業型DCです。

企業型DCは、会社が掛金を拠出し、社員自身が運用商品を選んで運用する制度です。将来の受取額は、掛金と運用結果によって変わります。

企業型DCの特徴は、会社が社員の老後資金づくりを制度として支援できることです。

前払いの場合、お金は毎月の給与として支払われます。そのお金を使うか、貯めるか、運用するかは社員次第です。

一方、企業型DCでは、掛金は老後資金づくりのために積み立てられます。原則として60歳前には受け取れないため、今すぐ使えるお金にはなりません。その点をデメリットと感じる社員もいるでしょう。

しかし、見方を変えれば、老後のために残りやすい仕組みでもあります。

そして、会社にとっても、企業型DCには大きな意味があります。

毎月の掛金を予め決めることで、会社の負担を見える化しやすくなります。将来の退職金負担がどこまで膨らむのか見えにくい他の制度と比べると、会社として継続しやすい制度設計を検討できます。

退職金制度は、気持ちだけで設計してはいけません。

社員のためになること。

会社が無理なく続けられること。

社員にその価値が伝わること。

これらが揃って初めて意味のある制度になります。


大切なのは「前払いかDCか」ではなく、「社員にどう届くか」

ここで注意したいのは、「退職金前払いは良くない」「企業型DCだけが正解」という話ではないことです。

会社によって、状況は異なります。

若い社員が多く、今の手取りを重視する会社もあります。

採用競争が激しく、月給の見え方を整えたい会社もあります。

長く働く社員が多く、退職金制度をしっかり残したい会社もあります。

既存の退職金制度を見直しながら、企業型DCを組み合わせたい会社もあります。

大切なのは、制度ありきで選ばないことです。

前払いにするのか。

退職金制度を残すのか。

企業型DCを導入するのか。

既存制度と組み合わせるのか。

どれが良いかは、会社の財務状況、社員構成、採用課題、経営者の考え方によって変わります。

ただ、1つ言えるのは、「退職金制度は社員へのメッセージ」だということです。

会社は社員の今の生活をどう考えているのか。

将来の安心をどう支援したいのか。

社員は、制度そのものだけでなく、そこにある会社の姿勢を見ています。

だからこそ、退職金制度を見直すときは、制度設計だけでなく、社員への伝え方も非常に重要になります。


中小企業こそ、退職金制度を見直すタイミングに来ている

東京商工リサーチ TSRデータインサイトの調査では、退職金制度を変更していない企業が多数派でした。

これは、「多くの会社が現状維持を選んでいる」とも言えます。

しかし、人材採用は難しくなり、物価上昇で社員の生活不安も高まっています。働き方も多様化し、定年まで一社で勤め上げることが当たり前ではなくなっています。

その中で、退職金制度だけが昔のままでよいのか。

これは、多くの中小企業にとって避けて通れないテーマです。

退職金を増やすのか。

前払いにするのか。

企業型DCを導入するのか。

既存制度とどう組み合わせるのか。

いきなり答えを出す必要はありません。

まずは、自社の退職金制度がいまどうなっているのかを整理することです。

そして、その制度が社員にどう伝わっているのかを確認することです。

制度はある。

けれど社員はよく知らない。

会社は負担している。

けれど社員には価値が伝わっていない。

こうした状態であれば、制度を見直す余地が十分にあると言えます。


退職金は「今の生活」と「将来の安心」の両方で考える時代

退職金の前払いは、採用や社員の生活支援という面で効果がある場合があります。

しかし、前払いだけでは、社員の将来資金づくりにつながらないことがあります。毎月の給与に上乗せされたお金は、生活費として使われやすく、老後資金として残るとは限りません。人は目の前の誘惑に弱いので、恐らく老後資金として残る可能性は低いでしょう。

一方、企業型DCは、社員の将来資産形成を制度として支援できる仕組みです。会社にとっても、掛金を設計しやすく、将来の負担を見える化しやすい制度です。

さらに、同じ1万円を原資にする場合でも、賃上げとして支払うのか、企業型DCの掛金として積み立てるのかで、社員に残る価値は変わります。

もちろん、全ての会社に同じ答えがあるわけではありません。

大切なのは、退職金制度を「古い制度」として片づけることでも、「前払いにすれば十分」と考えることでもありません。

今の給与をどう支えるか。

将来の安心をどう用意するか。

社員に会社の思いをどう伝えるか。

これらを整理しながら、自社に合う制度を考えることです。


スタートは自社の現状を整理することから

退職金制度や企業型DCを考えるとき、最初から制度を決める必要はありません。

まず確認したいのは、自社の現状です。

今の退職金制度はどうなっているのか。

社員にその価値は伝わっているのか。

将来の退職金負担は見えているのか。

前払いにした場合、社員の将来資金はどうなるのか。

企業型DCを導入した場合、どのような制度設計が合うのか。

こうした点を整理することで、自社にとって意味のある選択肢が見えてきます。

ライフビジョナ総合研究所では、中小企業の経営者・人事担当者の皆さまに向けて、退職金制度や企業型DCに関するご相談をお受けしています。

「退職金前払いと企業型DCの違いを整理したい」

「自社に企業型DCが合うのか知りたい」

「既存の退職金制度を見直したい」

「社員にどう説明すればよいか相談したい」

このようなお悩みがありましたら、まずは自社の現状を整理するところから始めてみませんか。