退職金制度は、「ある」だけでは選ばれない 大企業の一時金廃止ニュースから考える、中小企業の企業型DCと継続投資教育

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退職金制度の見直しが、いよいよ本格的に動き始めています。

先週、日経新聞で、伊藤忠商事系の化学品子会社が、2026年4月に退職一時金を廃止したことが紹介されていました。対象は国内の全従業員約1,200人。もともとの退職給付は、退職一時金、確定給付企業年金(DB)、確定拠出年金(DC)がそれぞれ3分の1ずつという構成でした。

新制度では、廃止した退職一時金の半分を給与引き上げに、残り半分をDCへの上乗せに回す設計になっています。

背景にあったのは、新卒採用の競争激化です。優秀な人材を採用するためには、初任給を引き上げざるを得ない。その原資として、退職一時金の一部に手をつけたということです。制度改定に向けた労使交渉は、妥結までに1年を要したとされています。

このニュースを見ると、中小企業の経営者の方はこう思うかもしれません。

「それは大企業の話でしょう」

「うちのような中小企業には関係ない」

「そこまで大きな制度変更はできない」

たしかに、同じことをそのまま真似する必要はありません。

大企業と中小企業では、制度の規模も、社員数も、労使交渉の体制も違います。

ただし、このニュースを「大企業の話」で終わらせてしまうのは、かなり危険だと思います。

なぜなら、退職金制度を見直す背景にある問題は、中小企業にもそのまま関係しているからです。

採用が難しい。

若手が定着しない。

給与を上げたいけれど、原資には限りがある。

退職金制度はあるが、社員に十分伝わっていない。

昔からある制度を、何となくそのまま続けている。

こうした悩みは、大企業だけのものではありません。

むしろ中小企業こそ、真正面から向き合うべき問題です。


退職金制度は“後払い”だけでは語れなくなっている

これまでの退職金制度は、長く勤めた社員に対して、退職時にまとまったお金を支払う仕組みとして考えられてきました。

長く勤めた人に報いる。

定年後の生活を支える。

会社への定着を促す。

その意味では、退職一時金には大切な役割がありました。

今でも、その役割が完全になくなったわけではありません。

ただ、働き方は変わっています。

雇用の流動性が高まり、一社に定年まで勤めることだけを前提にしにくくなっています。若い世代ほど、自分のキャリアを自分で選ぶ感覚も強くなっているように感じます。

そうなると、退職金制度も変わらざるを得ません。

「長く勤めれば、最後にまとまったお金がもらえる」

この仕組みだけでは、今の採用市場では響かなくなっています。

求職者が見ているのは、退職金制度があるかどうかだけではありません。

その制度が、自分の将来にどうつながるのか。

今の働き方に合っているのか。

会社が社員をどう見ているのか。

自分がこの会社で働く意味を感じられるのか。

ここまで見られる時代になっています。

退職金制度は、単なる後払いの報酬ではありません。

会社が社員とどのような関係を築きたいのかを示す、人材戦略の一部になりつつあります。


中小企業こそ取り残される

大企業が退職金制度を見直し始めたからといって、中小企業が同じように退職一時金を廃止すべきだ、という単純な話ではありません。

会社ごとに事情は違います。

既存の制度も違います。

社員構成も、財務状況も、採用課題も違います。

ただし、何も考えずに昔の制度をそのまま置いておくことは、かなり危うくなっていると思います。

中小企業は、大企業に比べて知名度で不利です。

給与水準でも、すべての会社が大企業と正面から競えるわけではありません。

採用広報に使える予算も限られます。

だからこそ、会社の姿勢がより重要になります。

この会社は、人をどう考えているのか。

社員の将来をどう支えるのか。

長く働く価値がある会社なのか。

今の働き方に合った制度を整えているのか。

こうした点を、制度としても、言葉としても、伝えていく必要があります。

退職金制度がある。

でも、内容は昔のまま。

社員にも説明していない。

若手には意味が伝わっていない。

中途採用の候補者にも話せていない。

経営者自身も「昔からあるから」と深く考えていない。

この状態が続くと、会社は静かに選ばれにくくなります。

応募が少しずつ減る。

ポテンシャルの高い人材が他社に流れる。

若手が定着しない。

社員が会社に将来性を感じなくなる。

制度の古さが、会社の古さとして受け止められる。

こうして、気づいたときには取り残されている。

中小企業ほど、このリスクを軽く見ない方がいいと思います。


企業型DCは“人材戦略”として使える制度

そこで選択肢になるのが、企業型DCです。

企業型DCは、単なる退職金制度ではありません。

社員の老後資産形成を、会社が制度として支える仕組みです。

会社が掛金を拠出し、社員が自分で運用商品を選び、将来に向けて資産を育てていく。

この仕組みには、従来型の退職一時金とは違う意味があります。

まず、社員が自分の将来を考えるきっかけになります。

自分の資産がどう増えているのか。

どの商品を選ぶのか。

リスクをどう考えるのか。

老後資金をどう準備するのか。

企業型DCは、こうした問いを社員に投げかける制度です。

もちろん、社員に丸投げしてはいけません。

投資や運用に慣れていない人もいます。

制度が難しく感じる人もいます。

特に、これまで会社任せの退職金制度に慣れていた社員ほど、不安を感じるのは自然です。

今回の記事でも、制度変更に対してシニア社員を中心に不安や反発が出た一方で、資産運用に熱心な若手社員は歓迎したことが紹介されています。また、投資への理解や資産形成教育の必要性にも触れられていました。

ここは、中小企業にとっても重要です。

制度を入れるだけでは足りません。

社員が理解し、納得し、自分ごととして使えるようにする。

そこまでやって初めて、制度は機能します。

企業型DCは、会社が社員を突き放す制度ではありません。

むしろ、社員が自分の将来を考えるための土台を、会社が用意する制度です。


大企業の弱点

ここで、私自身が感じていることがあります。

私は大企業に勤めていた経験があります。

また現在も、大企業にお勤めの方から資産運用の相談を受けることがあります。

その中で感じるのは、大企業は制度そのものは整っていても、その後の投資教育や制度の活用支援が、社員に十分届いていないケースが少なくない、ということです。

企業型DCは導入されている。

eラーニングも用意されている。

資料も社内に掲載されている。

でも、社員がそれに気づいていない。

気づいていても、見ていない。

見ても、自分ごととして理解できていない。

制度はあるのに、使われていない。

教育はあるのに、届いていない。

これは、とてももったいないことです。

「大企業だから退職金制度が優れている」

「中小企業だから制度面では勝てない」

そう単純に考える必要はありません。

もちろん、大企業には制度の厚みがあります。

給付水準や福利厚生の種類では、中小企業が同じ土俵で戦うのは簡単ではありません。

でも、制度が社員に届いているかどうかは別の話です。

どれだけ立派な制度があっても、社員が知らなければ意味がありません。

どれだけeラーニングを用意しても、社員が見なければ教育にはなりません。

どれだけ資料を並べても、社員が自分の将来設計に結びつけられなければ、制度は活きません。

ここに、中小企業の強みがあります。

中小企業は、大企業ほど大きな退職給付制度を持てないかもしれません。

給与水準や知名度でも、大企業と正面から競うのは簡単ではありません。

けれど、社員との距離は近い。

経営者の考えを直接伝えやすい。

一人一人の理解度に合わせて、丁寧に制度を説明しやすい。

企業型DCも同じです。

導入して終わりではなく、毎年きちんと継続投資教育を行う。

社員が自分の運用状況を確認する機会をつくる。

マッチング拠出や商品選び、受け取り方について、定期的に学べる場を用意する。

若手にも、シニアにも、それぞれのライフステージに合わせて伝える。

こうしたことを丁寧に続けていけば、中小企業でも、大企業より社員に届く退職金制度をつくることは十分に可能です。

制度の豪華さだけで勝負する必要はありません。

大切なのは、制度が社員に伝わり、使われ、将来設計に役立っているかどうかです。

むしろ、制度を入れっぱなしにしている大企業よりも、毎年きちんと社員に向き合い、継続投資教育を続ける中小企業の方が、社員にとっては価値ある制度をつくれるかもしれません。

退職金制度の差は、制度の名前だけでは決まりません。

運用会社の資料を置いているかどうかでも決まりません。

社員に届いているか。

社員が理解しているか。

社員が自分の将来のために使えているか。

ここで差がつきます。

中小企業が企業型DCを導入する意味は、単に大企業の真似をすることではありません。

社員に近い距離で、制度と教育をセットにして届けることです。

そこまでできれば、企業型DCは中小企業にとって、大企業に見劣りしないどころか、大企業以上に“社員に届く退職金制度”になり得るのです。


中小企業は「継続投資教育」で差を出せる

企業型DCは、導入して終わりの制度ではありません。

むしろ、導入した後にどう運用するかで差が出ます。

年に一度、社員が自分の資産状況を確認する。

制度の基本を思い出す。

運用商品の考え方を学ぶ。

マッチング拠出や受け取り方について理解する。

ライフステージごとに、資産形成の考え方を見直す。

こうした機会を継続的につくることが、企業型DCを本当の意味で活かすためには欠かせません。

大企業では、制度が大きい分、どうしても一人ひとりへの伝わり方が薄くなることがあります。

一方で、中小企業は社員の顔が見える距離で教育を届けることができます。

ここは、中小企業にとって大きな可能性です。

退職金制度は、制度の規模だけで決まるものではありません。

社員が理解し、使い、自分の将来設計に結びつけられるかどうか。

ここまで含めて考えれば、中小企業でも十分に強い制度をつくることができます。


制度変更は、コスト削減ではなく関係性の再設計

退職金制度の見直しというと、社員からは「会社が負担を減らしたいだけではないか」と見られることがあります。

これは当然です。

特に退職一時金に手をつける場合、社員にとっては不安が大きくなります。

年齢が高い社員ほど、その不安は強くなります。

だからこそ、制度変更の目的を間違えてはいけません。

単なるコスト削減に見える制度変更は、社員の信頼を失います。

採用にも、定着にも、逆効果です。

大切なのは、会社が何を目指して制度を見直すのかを明確にすることです。

採用力を高めたいのか。

若手の定着を支えたいのか。

社員の資産形成を後押ししたいのか。

退職金制度をわかりやすくしたいのか。

会社と社員の関係性を、今の時代に合う形へ変えたいのか。

今回の記事でも、会社がすべてを抱えるのではなく、社員一人ひとりが自分のライフステージに合わせて将来設計できる関係性を築きたい、という考え方が紹介されていました。

これは、これからの退職金制度を考えるうえで非常に重要な視点です。

会社が一方的に制度を用意するだけではなく、社員自身も自分の将来を考える。

会社は、そのための制度と教育を用意する。

社員は、その制度を使って、自分のライフプランに合わせて資産形成をしていく。

この関係性に変わっていくのだと思います。

企業型DCは、そのための有力な選択肢です。

ただし、導入しただけでは、良い制度にはなりません。

社員に伝わり、理解され、使われて初めて意味があります。


おわりに

今回の退職一時金廃止のニュースは、大企業だけの話ではありません。

むしろ、中小企業こそ考えるべきテーマです。

人材採用が難しくなり、雇用の流動性が高まり、社員の価値観も変わっています。

その中で、退職金制度だけを昔のままにしておいて、本当に選ばれる会社でいられるのか。

ここを問われているのだと思います。

退職一時金が悪いわけではありません。

DBや中退共が不要だという話でもありません。

問題は、制度そのものではなく、働き方が変わっているにもかかわらず、制度の意味づけを変えていないことです。

これからの退職金制度は、後払いの報酬だけではなく、人材戦略として考える必要があります。

社員の今の生活をどう支えるか。

将来の資産形成をどう支えるか。

今の働き方に合った制度になっているか。

制度の意味が社員や求職者に伝わっているか。

そして、導入後も継続投資教育を通じて、社員が制度を活用できる状態をつくれているか。

ここまで考えて初めて、退職金制度は「会社が置いている制度」から「社員に選ばれる制度」になります。

中小企業は、大企業の真似をする必要はありません。

でも、大企業が退職金制度を人材戦略として見直し始めている中で、中小企業がぼーっとしていてよいわけでもありません。

変化に気づかない会社は、静かに選ばれなくなります。

選ばれない会社は、人が集まらず、育たず、定着しません。

そして、人がいなくなれば、会社は続きません。

会社の寿命を伸ばすには、まず人に重きを置くことです。

退職金制度をどう設計するか。

企業型DCをどう活用するか。

社員にどう伝えるか。

そして、継続投資教育をどう続けるか。

これは単なる制度の話ではありません。

これからの中小企業が生き残るための、人材戦略そのものなのです。