退職金制度の導入率が下がっている ~”持っているだけ”では届かない時代に、企業型DCができること~

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2026年3月末、大和総研から「中小企業は退職金制度を導入すべきか」と題したレポートが公表されました。

レポートの中で注目されたのは、退職金制度の導入率が約95%から約88%へと低下したというデータです。厚生労働省の「令和5年就労条件総合調査」でも、退職給付制度がある企業の割合は74.9%と報告されています。調査の対象や方法が異なるため数字に差がありますが、いずれの調査でも、退職金制度を持たない企業が一定数存在し、特に小規模企業ほどその割合が高いという傾向は共通しています。

このデータを見て、「制度がない会社が増えている」と読むのは自然です。

ただ、企業型DCの導入支援をしている立場からこの数字を見ると、もうひとつの問いが浮かびます。

制度を「持っている」会社は、その制度が社員にきちんと届いているのか。

導入率の低下は、制度を持っていない会社の問題だけではありません。制度を持っていても、社員にとって”見えない制度”になっている会社は、持っていない会社と大きくは変わらないのです。


「制度はある。でも届いていない」という会社は多い

大和総研のレポートでは、退職金制度を持っていない企業ほど離職率が高い傾向がみられると指摘されています。因果関係は明確ではないと断りつつも、制度の有無と定着率に相関がある、という事実です。

しかし、制度があれば離職が減るかというと、話はそう単純ではありません。

私がこれまで企業型DCの導入を支援してきた中で、時々出会う場面があります。

中退共に加入しているけれど、社員は自分にいくら積み上がっているかを知らない。

退職一時金の制度はあるけれど、いくらもらえるかは辞めないとわからない。

人事担当者に聞いても、制度の説明がすぐにはできない。

こうした会社では、制度は「ある」のですが、社員から見たときに、「ない」のとあまり変わらない状態になっています。

退職金制度未導入の理由として、大和総研のレポートは「退職金相当分を月給や賞与に上乗せしている」ケースを挙げていました。これは経営判断として理解できます。ただ、月給への上乗せは「今の手取り」に直結する一方で、「将来の安心」としては残りにくい。

2026年も賃上げトレンドは続いています。限られた原資の中で、月給を上げるか、将来の安心を制度として整えるか。この判断は、会社としての人材戦略そのものです。

けれど、ここで見落とされがちなのは、「制度を持っている会社でも、それが社員に届いていなければ、月給に上乗せしている会社と社員の実感はあまり変わらない」ということです。

制度の「有無」ではなく、制度の「届き方」が問われている。

この視点は、退職金制度の見直しや企業型DCの導入を検討している会社にとって、とても重要だと思います。


中退共や退職一時金だけの会社で、よく起きること

中退共や退職一時金は、中小企業にとって長く使われてきた制度です。その役割は今も大切です。

ただ、これらの制度には構造上、「社員に届きにくい」面があります。

中退共は、会社が掛金を払い、退職時に中退共本部から社員に直接支払われます。制度としてはシンプルですが、社員の側からは「いま自分にいくら積み上がっているのか」が見えにくい。年に一度届く通知を確認している社員がどれだけいるかというと、正直なところ多くはないと思います。受け取る直前まで関心が湧かないという点では、ねんきん定期便と似たような感じではないでしょうか。

退職一時金も同じです。会社の規程に基づいて計算されるため、金額は退職するまで確定しません。在職中の社員にとっては「将来もらえるらしいもの」という程度の認識にとどまりやすい。

これらの制度が「悪い制度」なのではありません。制度の構造上、社員が在職中に「自分ごと」として実感しにくい、という特性があるのです。

NISAやiDeCoの普及を通じて、社員は「自分の資産が、今いくらで、どう増えているか」を確認する感覚に慣れてきています。こうした時代の変化の中で、「辞めるまで金額がわからない制度」は、どうしても社員にとって距離のある存在になりやすい。

制度を持っているのに、社員に届いていない。

これは、制度を持っていないのとは違う問題ですが、社員の実感という意味では、結果として似た状態を生んでしまいます。

採用の場面でも、この「届いていない」状態は影響します。

面接で「御社には退職金制度はありますか」と聞かれたとき、「中退共に入っています」と答えることはできます。けれど、「それは社員にとってどんなメリットがありますか」と重ねて聞かれたとき、具体的に説明できる会社はどれだけあるでしょうか。

制度を持っていること自体は良いことです。けれど、それを「自社の強み」として採用の場面で語れるかどうかは、制度の中身と、制度に対する社内の理解度で決まります。


企業型DCが「届く制度」になりやすい理由

企業型DCには、退職一時金や中退共にはない、ひとつの大きな特徴があります。

それは、社員一人ひとりに個人別管理資産があり、在職中から自分の資産残高を確認できる、という点です。

「会社が自分の将来のために毎月拠出してくれている」ということが、数字として目に見える。

運用商品を自分で選ぶことで、「自分の将来に自分が関わっている」という感覚も生まれます。

これは、社員への「届き方」という面で、大きなアドバンテージです。

私が導入を支援した会社でも、企業型DCを導入した後に、社員から「初めて退職金を意識するようになった」という声が出たことがあります。以前から中退共で退職金を積み立てていた会社でも、DCの導入をきっかけに「制度全体の説明」が社内で行われ、中退共の存在も初めてちゃんと認識された、というケースもありました。

つまり、企業型DCの導入は、DC単体の効果だけでなく、退職金制度全体を「社員に届く状態」に引き上げるきっかけになり得るのです。

もちろん、企業型DCが万能な制度だとは言いません。運用の責任が社員に移る分、継続投資教育の整備が欠かせません。中退共や退職一時金との併用がふさわしい会社もあれば、掛金設計を慎重に考える必要がある会社もあります。

ただ、「制度を持っているのに届いていない」という課題に対して、企業型DCは構造的に答えを持っている制度です。

そしてもうひとつ、企業型DCには「制度を通じて社員と対話する機会が生まれる」という側面があります。

企業型DCを導入している会社には、継続投資教育の実施が努力義務として求められています。年に一度でも、社員に対して「運用の基本」や「制度の仕組み」を説明する場を設けることになります。

この場は、単にDCの話をするだけでなく、退職金制度全体の意味を伝える機会にもなります。

「会社はDCに加えて中退共でも毎月積み立てている」「退職一時金の規程はこうなっている」と伝える。そうすることで、社員は初めて「自分の将来のために、会社がどれだけのことをしてくれているか」を総合的に理解できるようになります。

制度が「届く」ためには、制度の中身だけでなく、社員との接点の設計も大切です。企業型DCは、その接点を自然に生み出す仕組みを持っています。


導入率が下がっている今だからこそ、制度の「質」で差がつく

大和総研のレポートに戻ります。

退職金制度の導入率が88%に下がったということは、制度を持っていない会社で働く人が増えている、ということです。帝国データバンクの調査では、2026年度に中途社員の採用予定がある企業は52.4%にのぼり、新卒(36.9%)を大きく上回っています。転職市場がこれだけ活発な中で、「退職金制度がある会社」と「ない会社」の差は、求職者にとって判断材料のひとつになっています。

けれど、ここからさらに一歩進んで考えたいのは、「退職金制度がある」だけでは、もう差別化にならない可能性がある、ということです。

制度があっても、社員に届いていなければ、採用の場面でも定着の場面でも、そのメリットは発揮されません。

制度がある。
社員に届いている。
社員がそれを「自分の将来の安心」として受け止めている。

ここまで整って、初めて退職金制度は人材戦略の一部として機能します。

企業型DCは、その「届く」部分に強みを持つ制度です。制度の有無ではなく、制度の「質」で差がつく時代に、DCは有力な選択肢になると考えています。

企業型DCの導入を検討されている経営者の方とお話ししていると、「コストに見合うのか」「社員が運用を理解できるのか」という不安の声をいただくことがあります。どちらも自然な不安です。

けれど、実際に導入した会社を見ていると、社員の反応は想像以上に前向きなことが多い。「会社が自分の将来を一緒に考えてくれている」という実感は、月給の数千円のアップでは生まれにくい種類のものです。

制度のコストは確かにかかります。けれど、それは社員への投資であり、採用と定着のための仕組みづくりです。


人手不足が構造的に続く中で、社員の将来に投資できない企業は、今後ますます淘汰されていくと私は考えています。賃上げだけでなく、退職金制度や資産形成支援を含めた「将来への安心」を提示できるかどうか。ここが、社員に選ばれる会社とそうでない会社を分ける境界線になりつつあります。

「退職金制度がない会社が増えている今だからこそ、質の高い制度を持つ会社は際立つ」

この事実は、導入を検討している経営者にとって、追い風になるはずです。


おわりに

退職金制度の導入率が下がっている。

この事実は、制度を持っていない会社の課題であると同時に、制度を持っている会社への問いかけでもあります。

御社の制度は、社員に届いているでしょうか。

社員は、会社が自分の将来のために制度を整えていることを、実感できているでしょうか。

「制度を持つ」ことをゴールにしない。「制度が届いている状態」を作ることをゴールにする。

この視点の転換が、退職金制度を”ある状態”から”活きている状態”に変えていく一歩になるのではないかと思います。

企業型DCの導入や、既存の退職金制度との組み合わせについて、整理したいテーマがあればお気軽にご相談ください。