令和7年度税制改正により、退職金まわりの実務にひとつ大きな変更が加わりました。
「退職所得の源泉徴収票」の提出範囲が見直され、令和8年(2026年)1月1日以後に支払う退職手当等から、提出が必要な対象者が大きく広がりました。
これまで税務署への提出が必要だったのは、原則として法人の役員に退職手当等を支払う場合だけでした。改正後は、役員と従業員の区別がなくなり、すべての居住者が提出対象となりました。
「事務手続きが少し増える程度」と受け止められがちな改正ですが、退職金制度や企業型DCを導入している会社にとっては、見直しておくべき論点がいくつかあります。
本稿では、改正の中身を整理した上で、会社や人事担当者が押さえておきたいポイントを、確定拠出年金(DC)の視点も交えて解説していきます。
改正の中身
改正の概要は次の通りです。
令和8年1月1日以後に支払う退職手当等について、「退職所得の源泉徴収票」の税務署への提出範囲が、これまでの「居住者である役員」から「すべての居住者」に拡大されました。
これまで、退職金を支払った会社は、本人への交付に加え、税務署と市区町村に源泉徴収票(特別徴収票)を提出する義務がありましたが、提出が必要なのは役員に支払った場合だけでした。
従業員への支払いについては、本人交付のみで完結していました。
改正後は、役員・従業員を問わず、すべての居住者について税務署への提出が必要になりました。
ここで実務上、特に注意したいのは判定基準です。
「退職日」ではなく「支払日」で判断します。
たとえば、令和7年12月末に退職した従業員に、退職金を令和8年1月以降に支払う場合は、改正後のルールが適用されます。年末退職・年明け支払いというパターンは実務では珍しくないため、退職日ベースで「旧ルール」と判断してしまうと、提出漏れにつながります。
なお、税務署への提出については、これまでも「その年中の受給者分をまとめて翌年1月31日までに提出する」という取りまとめ提出が認められており、この取扱いは改正後も継続します。
ただし、対象者は確実に増えるため、業務量そのものは増える前提で考える必要があります。
なお、市区町村への特別徴収票の提出については、令和7年12月の地方税法施行規則改正により、当分の間、提出を省略することが可能とされています。
ただし、この場合も自治体によっては「退職所得に係る特別徴収税額の納入内訳書」など別の様式の提出が求められることがあります。御社の所在地および退職者の住所地となる自治体の取扱いを、念のため確認しておくと安心です。
「退職手当等」の範囲(DC一時金も対象)
今回の改正で、人事担当者にぜひ確認していただきたいのが、「退職手当等」とは何を指すか、です。
ここを狭く捉えてしまうと、社員への案内に抜けが生じます。
対象になるのは、一般的な退職一時金だけではありません。次のようなものも、退職を原因として支払われる金銭であれば、原則として「退職手当等」に該当します。
・確定給付企業年金(DB)の一時金として支給されるもの。
・確定拠出年金(DC)の老齢給付金を一時金として受け取るもの。
・中小企業退職金共済(中退共)から支給される退職金。
・退職を理由として支払われる慰労金、功労金。
ここで、特に企業型DCを導入している会社、あるいは導入を検討している会社にとっては、ひとつ整理しておきたい論点があります。
それは、「退職金にまつわる源泉徴収票が、社員に対して複数の支払者から発行される」という点です。
退職一時金は会社が源泉徴収票を作成して交付・提出します。
一方、中退共の退職金は中退共本部から、企業型DCの老齢一時金は受託している信託銀行(資産管理機関)から、それぞれ社員本人に源泉徴収票が発行されます。
つまり、会社が複数の退職給付制度を持っている場合、社員はひとつの退職に際して、複数の支払者から別々に源泉徴収票を受け取ることになります。
会社としての事務作業は、自社が支払う分だけで済みます。
けれど、社員から見ると「あの会社からは届いたが、こっちはまだ届かない」「届いたけれど、何のために必要かわからない」という戸惑いが起こりやすい場面でもあります。
DC導入企業ほど、出口の案内を意識すべき理由
ここで、もう少しDCの視点を掘り下げたいと思います。
企業型DCを導入する会社が増えている一方で、「導入後の出口」、つまり社員が老齢給付金を受け取る場面の案内まで意識できている会社は、決して多くありません。
なぜなら、企業型DCは導入してから社員が60歳を迎えるまでに、長い時間があるからです。
導入したばかりの会社では、まだ受給者がほとんどいません。だから、出口の案内に意識が向きにくい。これは自然なことだと思います。
けれど、退職給付制度は時間とともに必ず出口を迎えます。
退職一時金とDCを併用している会社では、社員が60歳で退職するときに、両方を一時金で受け取るのか、片方を年金で受け取るのか、受け取りの順番をどうするのか、社員ごとに判断が分かれます。
この判断によって、退職所得控除の使い方や、源泉徴収票の発行タイミングが変わってきます。
今回の改正で、税務署への提出義務が広がったことは、こうした「出口の複雑さ」を会社として整理する必要性を、改めて浮き彫りにしているとも言えます。
社員にとって、退職金まわりの書類は普段なじみのないものです。「いつ、どこから、何が届くのか」を会社として説明できる状態を作っておくこと。それが、制度を“ある状態”から“伝わる状態”に変えていく一歩になります。
会社・人事が押さえておきたい4つのポイント
改正への対応として、会社や人事担当者が確認しておきたいことを4つに整理します。
1.退職金事務の担当者と、提出フローを書面で整理する
退職金を支払うとき、源泉徴収票を誰が作成し、税務署に提出するのか。
これまで本人交付だけで済んでいた従業員分について、提出フローを明確にしておく必要があります。
退職者の発生は不定期です。だからこそ、その都度迷わない仕組みを作っておくことが、提出漏れを防ぎます。
2.給与計算ソフトや人事システムの対応状況を確認する
ソフトのバージョンや設定によっては、従業員分の退職所得の源泉徴収票が出力できないケースや、令和8年分以後用の新様式に対応していないケースもあります。これは早めに確認しておきたいところです。中小企業では、退職金の源泉徴収票を手作業で作成しているケースもあります。その場合は、社内のExcelテンプレートやチェックリストを更新しておく必要があります。
3.自治体ごとの取扱いを確認する
市区町村への特別徴収票の提出は、当分の間、省略可能とされています。
ただし、納入内訳書など別の書類の提出が必要となる場合があります。退職者の1月1日時点の住所地となる自治体ごとに取扱いが異なる可能性があるため、最初の退職者が出る前に、関係する自治体の運用を確認しておくと安心です。
4.社員に対する事前のひと言を用意する
複数の退職給付制度を持っている会社では、退職時に社員が複数の支払者から源泉徴収票を受け取ることを、事前に伝えておくとよいと思います。
「会社からはこの書類が届きます」「DCの一時金については信託銀行から別途届きます」「中退共からも別途届きます」と一言整理して伝えるだけで、社員の安心感は変わります。
退職後の確定申告で必要になる書類でもあるため、ここを丁寧に案内できる会社は、社員からの信頼が静かに積み上がっていきます。
制度の入口だけでなく、出口の案内まで整える
退職金や企業型DCは、入口の設計に注目が集まりやすい制度です。
「いくら拠出するか」
「どんな仕組みにするか」
「適用する社員の範囲をどこまでにするか」
会社としては、ここに時間とエネルギーをかけます。
ただ、社員にとっての制度の評価は、最後の出口で決まります。
退職金がどう支払われ、どんな書類が届き、どう手続きをすればよいのか。
ここがスムーズに進む会社は、社員からの安心感や信頼感が違います。
今回の改正は、その出口の事務を見直すちょうどよい機会です。
特に企業型DCを導入している会社、あるいはこれから導入を検討している会社は、入口の制度設計だけでなく、出口の案内フローまで含めて整える視点を持つと、制度はより長く、より静かに機能していきます。
派手ではありませんが、こうした地味な実務の整備が、退職金制度を“ある制度”から“回る制度”に変えていく一歩になるのではないでしょうか。

