企業型DCの導入や、退職金制度の見直しを検討している企業の方とお話ししていると、少しずつ増えてきた相談があります。
「うちは中退共(または特退共)に入っているけど、このままで大丈夫かな?」
「企業型DCを検討したいけど、今の中退共(または特退共)はどうしたらいいかな?」
中退共や特退共は、昔から中小企業の退職金制度として広く使われてきました。
中退共は国の制度として歴史があり、新規加入時の掛金助成もあります。直近の事業概況でも、共済契約者数は約38万所、被共済者数は約362万人にのぼります(令和6年1月末時点)。
特退共も商工会議所等の団体が運営し、地域の中小企業に長く活用されてきました。実施団体ごとの規模感はさまざまですが、例えば、東京の特定退職金共済では加入事業所が約4,500社にのぼるなど、こちらも各地で根強く使われている制度です。多くの会社にとって、“無難で安心な選択肢”だったと思います。実際、導入した当時は、他に大きな選択肢もありませんでした。
けれど、時代は変化しています。
社員の働き方、採用市場の前提、資産形成に対する感覚。いずれも、中退共や特退共が広がった時代とは、かなり変わってきました。
そして今、「うちは退職金制度があるから大丈夫」と言えるかどうかは、制度があるかどうかではなく、その制度が今の時代に合っているかどうかで決まりつつあります。
中退共・特退共は“悪い制度”ではない
最初にお伝えしておきたいのは、中退共や特退共そのものを否定する話ではないということです。
これらは、中小企業が退職金制度を持つハードルを大きく下げてきた制度です。会社の中で原資を積み上げなくても、毎月の掛金で退職金の準備ができる。これは、当時としてはとても合理的な仕組みでした。
今でも、会社の状況によっては十分に機能する制度だと思います。
ただ、制度は“導入したときに合っていたかどうか”より、“今の会社の課題に合っているかどうか”で評価すべきです。これは、退職金制度に限らず、どの制度でも同じです。
中退共や特退共に加入したのが20年前、30年前という会社も多いと思います。当時は、それが最適だった。けれど、会社の人員構成も、採用環境も、社員の価値観も、当時と同じではありません。
だから今、見直すかどうかを考えること自体は、冷静な判断だと思います。
“見直し”のきっかけは、社員の側から出てくることが多い
実務の現場で感じるのは、退職金制度の見直しは、会社側よりも社員側のほうが先に動きやすいということです。
中途入社の社員が、前職の企業型DCを持ってくる。
若手社員がNISAを始めて、「うちの会社の退職金はどうなっているんですか」と聞いてくる。
50代の社員が、退職時の手取りを意識し始める。
こうした場面で、会社として中退共や特退共の内容を改めて確認してみると、意外と説明が難しいことに気づきます。
人事担当の方からも、こんな声を耳にします。
「制度はあるけれど、社員に聞かれたときにうまく説明できない。」
「採用面接で退職金の話題になると、答えに詰まる場面がある。」
いくら積み上がっているのか、個別にはすぐ説明しにくい。
運用実績も、社員にとっては距離のある話になっている。
将来いくら受け取れるのか、具体的なイメージが湧きにくい。
中退共や特退共は、制度として“会社が払って、社員が受け取る”というシンプルな構造故に、社員にとっては「自分ごと」として感じにくい面があります。
これは制度の欠点というより、時代とのズレです。
今の社員は、NISAやiDeCoの情報に日常的に触れています。つまり「自分の資産が、今いくらで、どう増えているか」を見る感覚に慣れてきています。そうした感覚で中退共や特退共を見ると、どうしても“静かに積み上がっている制度”として距離を感じやすいです。
“移行”を考える前に、知っておきたい現実
ここで一つ、誤解されやすいところを整理しておきたいと思います。
「中退共をやめて、企業型DCに資産を移したい」
そう考える経営者の方は実際にいらっしゃいます。
けれど、中退共から企業型DCへの資産移換が認められるのは、合併等を行った場合や、事業拡大により中小企業者でなくなった場合など、かなり限定された条件に限られます。
つまり、多くの中小企業にとっては、「中退共をやめて、その積立金をDCに移す」という選択は、現実的には取りにくいのが実情です。
特退共の場合は、企業型DCへの資産移換そのものが法令上認められていません。ここはさらに選択肢が狭いと言えます。
ここで「では、企業型DCの導入はあきらめるしかないのか」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。けれど、見直しの選択肢がないのかというと、そうではありません。
実務上、現実的に取り得るのは、次のような考え方です。
・中退共や特退共を継続しつつ、新たに企業型DCを併用する。
・将来の新規拠出は企業型DCに切り替え、既存の積立は中退共・特退共のまま運用を続ける。
・退職金規程全体を見直し、それぞれの制度に役割を持たせ直す。
「移行」というより、「再設計」という言葉の方が、実態に近いかもしれません。
実際、私がこれまで企業型DCの導入を支援した会社の中にも、このパターンで設計を進めたケースはあります。中退共をそのまま残し、新たに企業型DCを併用する形で、退職金制度を“足し直していく”ような進め方です。
その背景には、
・中退共を解約することで社員に不利益が及ぶことを避けたい。
・過去の積立は積立として大切にしつつ、これからの仕組みは時代に合わせたい。
・一気に作り変えるのではなく、段階的に整えていきたい。
といった意向がありました。
どの会社にも当てはまるわけではありませんが、「全部を変えなくてもいい」という選択肢があるとわかると、経営者や人事担当の方も、退職金制度の再設計に前向きに取り組めるように感じました。
ここを誤解したまま進めると、「移したいのに、移せない」と立ち止まってしまいます。けれど、最初から「再設計」として捉えれば、会社が取れる選択肢は意外と広がります。
見直しの前に整理したいのは、制度ではなく“会社としての考え方”
再設計を考えるときに、いきなり「中退共と企業型DC、どちらが得か」で比較しようとすると、話は細かくなり過ぎます。
掛金の扱い、税制、受取時の違い、運用の考え方。
確かにどれも重要ですが、比較表だけで意思決定すると、制度の“意味”がどこかに置き去りになります。
その前に整理しておきたいのは、会社として退職金に何を求めるのか、という視点です。
長く働いてくれた社員に対する感謝として残すのか。
老後資産形成の支援として位置づけるのか。
採用や定着の文脈で、将来の安心を示す手段として使いたいのか。
この整理があると、中退共や特退共を続けるべきか、企業型DCを併用すべきか、新規分はどう設計すべきかの判断軸が見えてきます。
中退共や特退共は「会社が積み立てて、退職時に支払う」という設計です。
企業型DCは「会社が拠出して、社員が運用しながら将来に備える」という設計です。
似ているようで、根本の思想が違います。
どちらが優れているという話ではなく、会社としてどちらの思想で制度を持ちたいか。あるいは、両方をどう組み合わせたいか。ここを会社の言葉で整理できると、再設計の方向性も落ち着きます。
“昔の正解”を、今の正解に置き直す作業
退職金制度の見直しは、過去の判断を否定する作業ではありません。
中退共や特退共を選んだときの判断は、当時としては正しかった。これは変わりません。
大切なのは、その“当時の正解”を、今の会社の状況に合わせて置き直すことです。
・社員の平均年齢は変わっていないか。
・新卒・中途の採用比率はどうか。
・若手社員が資産形成に関心を持ち始めているか。
・退職金を「長く働いた人への手当」とするのか、「これからも長く働いてもらうための仕組み」とするのか。
こうした問いに会社として答えが出てくると、制度を変えるべきか、残すべきか、組み合わせるべきかが見えてきます。
制度の答えは会社ごとに違います。
けれど、その会社に合った答えを持っている会社は、制度の有無にかかわらず、社員への説明にも採用の場面にも強くなります。
おわりに
中退共や特退共は、長く中小企業を支えてきた制度です。
その役割は、今も続いています。
ただ、制度は“入れた瞬間の評価”で固定されるものではなく、会社の状況や時代とともに、意味合いが変わっていくものだと思います。
「うちは中退共に入っているから大丈夫」
「企業型DCには関心があるけれど、いまの制度との兼ね合いが見えない」
こうした言葉が、本当に今の御社に当てはまっているのか。
それとも、“昔の正解”をそのまま持ち続けているだけになっていないか。
ここに一度向き合うことが、退職金制度を今の時代の制度に整え直す、最初の一歩になるのではないでしょうか。
制度をどう組み合わせるかは、その後でいい。
まずは、御社の退職金制度が“今の会社の課題”にどう応えているのかを、言葉にしてみるところから始めていただきたいと思います。そこが見えてくると、企業型DCを併用すべきか、中退共・特退共をどう位置づけ直すか、御社にとっての判断軸が自然と立ち上がってきます。

